ゆうら、フリーライターになるってよ。

フリーランスでライターをしている柚木ゆうらのブログ。ライターとしてのお仕事のこと、フリーランスとしての働き方、育児のことなど雑多に書き記します。

「憧れ」はいいこと、でも「他人の生き方」に引きずられないで

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PHOTO BY GILRY DROP

こんばんは。柚木ゆうら(@yzk0829)です。

 

どの業界にいても、トップクラスの人というのは光り輝いて見えるものです。

ライター界隈にいてもそう。月に何十万も稼いでいる人とか、バリバリ取材をして全国を飛び回っている人とか、たくさん、たっくさんいます。それは紙面、Webに限らずね。

 

今やツイッターとかSNSで、そういったトップを走る人たちともコミュニケーションを取れるような時代になりました。私もツイッターで多くのライターさんやデザイナーさんをフォローしていますが、みなさんそれぞれ個を生かしてお仕事をしていて、とても尊敬できる人たちばかり。

 

TLを眺めていると、「そういう考え方があるんだ」「すごいな、自分もがんばりたいな」って感化されてやる気が出てきます。

 

今回は、理想とする人物像に憧れを抱くのはいいことだけど、その憧れの姿を今の自分に置き換えるとしんどくなる、という話。

 

憧れの生き方を、今の自分に反映すると生きづらくなる

憧れが大きくなってくると、尊敬する人の生き方に少しでも近づきたいと思ってしまうもの。「この人すごいな、私でもこうなれるかな」と思っていたのが、いつのまにか「この人はこんなにすごいのに、私は何をやっているんだろう」とネガティブ思考に陥ってくるとあまりよろしくない傾向。

 

尊敬している人物がトップクラスの生き方をしているとしても、最初からトップを走っているわけではありません。その人だって、最初の頃はいろんなことに悩み、不安を感じ、それでも試行錯誤した上で生き抜いてきたのでしょう。その努力した過去をなかったことにして、トップを走る今の姿だけを追い求めていては、いつまでも同じところには立てません。

 

他人の生き方に憧れを抱くのはいいけど、比較して落ち込んだり、今の自分を否定したりするのはもったいないことだと思います。

 

あくまでもモデルの生き方として見て、楽しんで、自分らしい生き方の参考にする程度がちょうどいいのかもしれません。(お家づくりといっしょ!)

 

自分を卑下したり、自己評価が低いのはもったいない

自分のだめなところを反省したり、見つめなおしたり、それを元にがんばろうと思えるのは素敵なことです。でも、逆に「自分はなんて駄目なんだろう」「みんなすごいのに、私は何も取り柄がない」なんて自己否定に走るのは自分自身も嫌になるだろうし、他人が聞いていても嬉しいものではありません。

 

自己評価が低いのと、謙虚なのは別物。せっかく周りから評価を受けているのに、「私なんてぜんぜんすごくないです!」「実は何もできないんですよ」っていう卑下も、自他ともにプラスにはなりません。褒められたら素直に、「え?本当ですか!嬉しいな~!」「そんな風に言ってもらえると励みになります!」とか返されたほうが嬉しい。私は。

 

もっと褒めたくなるし、もっとその人のいいところを発見したくなります。話してる相手の内容が自己否定や自己嫌悪の話ばかりだと、いくらコミュニケーション能力高い人間でも(うわ…貝になりたい…今すぐ物言わぬ貝になりたい…)と思ってしまうかもしれません。

 

仕事をする上でも得にはならないので、褒められたら素直に好意を示す、のが自分も相手も気持ちよく過ごせます。それに、自分を否定してばかりだと本当に「自分は何もできない、だめなやつだ」って自己暗示にかかってしまうもの。言霊、あなどれません。

 

誰かに憧れるのはいいこと。憧れの人に感化されて、自分もがんばろうと思えるのは素敵なこと。

 

でも、あまり憧れの生き方に引きずられすぎて、自分をないがしろにしないように気をつけましょう。私自身の自戒もこめて、今回は書かせてもらいました。